フィレンツェの恋人~L'amore vero~
ゆっくり、ハルの顔が近づいて来る。


別にかまわない。


唇を奪われようが体を奪われようが、命を奪われてもいいとさえ思う。


それでもいいから、ハルを知りたいと思った。


もしくは、この思考能力が破壊され、再起不能になってしまうほど、おとしめて欲しい、とさえ。


そうすれば、ハルを知りたいと思わなくて済む。


おとしめて欲しい。


何も考えなくてもいいくらいに。


ハルの左手がぎこちなく服の中に滑り込んで来て、右のわき腹に触れた。


ひんやりする。


でも、その手は脇腹を数センチ上に行ったところで、行き場を見失ったように動かなくなった。


「初めて?」


聞くと、ハルは何も答えず、じっと私の顔色を窺うように見つめていた。


「ああ、そうだったわね。ハルは、愛する女性しか抱かない主義だったわね」


と小さく笑うと、ハルは私に覆いかぶさったまま困った顔をして、服の中から手を抜いた。


「もっと、自分を大切にして。東子さん」


そう言って、ハルはそっと私の前髪を掻き上げた。


「愛してなどいない、まして正体の知れない男に押し倒されて……なぜ、抵抗しないの?」


ハルは起き上がり、


「ぼくをひっぱたくくらいしたらどうなんだ」


とベッドに浅く腰掛けて、私に背中を向けた。


その丸くなった情けない背中を見て、思った。


ハルは、私を試したのではないか、と。


始めから、私を抱くつもりなどなかったのだ。


「なら、私も聞くけれど」


私も起き上がって、ハルの隣に浅く腰掛けた。


「押し倒したくせに、なぜ最後までしなかったの? なぜ、抱かなかったの?」


カーペットに潰れて中身が飛び出した肉まんから、油っこい匂いがあふれ、寝室に充満していた。


食べたわけでもないのに、胃がむうっとした。


「意気地なしね」
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