フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「そうさ」


かくりと肩を落としたハルに、もう攻撃的な勢いはなかった。


「ぼくは意気地なしだよ。それも、壊滅的な、ね」


うつむきながら、ハルは続けた。


「本当は、ぼくの全てを東子さんに話してしまいたい。でも、どうしても、話す事ができない」


私は、天井を見上げて聞いた。


「なぜ?」


重い沈黙が流れる。


ノートパソコンの稼働する音だけが虚しく響いていた。


じれったい程の沈黙に耐え切れなくなったのは、私だった。


「言いたくないのね。分かっているわ。言わなくていい。私ももう聞かないわ」


そして、先に立ち上がったのも、私だった。


「さっきはごめんなさい。私、どうかしていたわ」


パスポートを許可なく勝手に見ようとするなんて、最低だわ。


私だって同じ目にあったら嫌だし、当然、怒ると思うもの。


ハルが怒るのも、当然よ。


「最低ね、私」


「東子さん、ぼくは――」


「いいのよ。私が悪いの」


私はハルの発言をあからさまに無視して、口を動かし続けた。


「人の物を勝手に見るなんて、最低の行為だもの」


そうする他に、どうできたというのだろう。


悲しくはないし、悔しいわけでもないのに、とりあえず泣きたくてたまらなかった。


「もうあんな事しないわ。約束する。本当にごめんなさい」


ぺらぺらとマシンガンのようにしゃべり倒しでもしなければ、声をあげて泣いてしまいそうだった。


「それと、ハル、肉まん食べたいって言っていたでしょう。買って来たんだけれど。これじゃあ、もう駄目ね」


明るい口調で言いながら、私に投げ飛ばされ、ハルには踏み潰されてぺたんこに変形したそれを片づける。


「また明日買ってきてあげる。だから、今日は我慢してね」


具材が飛び出してしまった肉まんをビニール袋に詰め込んで、立ち上がる。


「東子さん待って。ぼくの話を――」


「何か! 何か……作って、冷蔵庫に入れておくから。もし、お腹が空いたら食べなさいね」


私はわざとハルの声を聞かないように、急いでドアへ向かった。


ドアノブに手を掛ける。


「東子さん、ぼくはね」


背後に、ハルの気配を感じる。
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