フィレンツェの恋人~L'amore vero~
彼からバッグを受け取り、私はその煌めきの眩しさに目を細めながら、それを抱き締めた。


ボンジュール、でもなく、アシャンテ、でもない。


今、初めて会ったばかりなのに。


「Salut! (やあ)」


なんて。


もうずうっと昔から気心の知れた親友と街中でばったり出くわしたかのように、陽気な笑顔で。


額に薄く滲むその汗さえも、爽やかで。


「fait chaud! (今日は暑いねえ)」


と、人懐こくはにかむその口元が眩しくて。


私はぎゅううとバッグを抱きしめて、このまま息が止まってしまうかもしれないと不安になりながら、あふれる涙と感情を止める事ができなかった。


生まれ育った日本を離れ、パリへ来て4ヶ月。


右も左も分からない異国の地で、私が初めて他人に涙を見せた瞬間だった。


本当は泣き叫んで悲鳴を上げたいほど我慢していたのだと、泣いて初めて気づいた。


パリへ来てから私は、毎日、元気に笑ってばかりいた。


思いっきり笑いながら、毎日、恐ろしいほど孤独だった。


いつも隣にはジョゼットやパスカルや友人が居てくれたから、寂しくはなかった。


けれど、孤独だった。


酷く、孤独だった。


それを吐き出す場所など、どこにもなくて。


吐きだしたら、その瞬間に、荷物を置き去りにしてこの身ひとつでのこのこと日本に逃げ帰りたくなってしまいそうで。


だけど、両親の大反対を押し切って、友人たちには得意げな見栄を張って発って来た手前、悔しくて。


弱音を吐く事などできなかった。


私は、自分が思っていた以上に、猛烈に孤独だったのかもしれなかった。


「Vous etes japonais? (あなたは日本人ですか?)」


彼の質問に返事をする余裕さえなかった。


あ、分からないか、と彼は日本語に訳して聞き直してきた。


「もしかして、君、日本人?」


声を出すことができなかったから、私はこくりと頷いた。


「仕方ないさ。今日は泣きたくなるくらい、水色の空だからね」


彼の口からこぼれ出した日本語は、実に4ヶ月ぶりのものだった。


懐かしくて、不思議なほどに心が安らいで、安心した。
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