フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「あの、実は私……」


と事の事態を説明しようとした時、なぜか向こうも「すみません」と謝って来て、私も「え」と戸惑った。


『怒っていますか? 実は、少し道草をしてしまいました。遅刻してすみません。今、ポン・ヌフに着いたのですが』


「あの」


『日本人の女性らしき人が見当たらないもので。怒って帰ってしまったのではないかと思って』


私に話させる間も与えず、彼はぺらぺらとしゃべり続ける。


『パスカルの話では野心家の男のような日本女性、という事だったのですが。かほさんはどんな髪型ですか? 背は? あ、服装は?』


「あの! タカツカサさん! あの!」


『あ……失礼』


「あの……実は」


待ちきれなくなって、独断行動に出てしまったこと。


ジョゼットの忠告を無視してふらりと狭い路地に迷い込んでしまったこと。


そして、その路地で。


「ひったくりに遭ってしまって……」


『えええっ!』


「あっ、でも、とても親切な方が」


と言いかけた瞬間、彼は唐突に、


『カホさん!』


と大きな声を出した。


「ひえっ」


私はとっさにプリペイド携帯を耳から離した。


離してもなお、


『Attendez-moi ll y a quelques minutes! (そこで、ちょっと待っていて下さい!)』


その声が耳をつんざく。


鼓膜が……と思った時にはもう、電話は一方的に切られていて、


「……そこで、って……」


私は首を傾げながら、電話のディスプレイを見つめた。


どういう事なのだろう。


そこで待っていて、だなんて。


まるで、もう、私の居場所を探知したようなその言いぐさ……。


ハッとして声が漏れる。


「……まさか……ねえ」


と半信半疑になりながらも、脈拍数は確実に上がり始める。


ばくばくした。


まさか、が、もしかしたら、に変わって行く。


もしかしたら、という奇妙な期待に。


私は根拠なき期待感を胸に、右手にはプリペイド携帯を左手には空になったカップを握りしめて、セーヌ川方向を見つめた。


陽射しがたなびくように、横に揺れる。
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