フィレンツェの恋人~L'amore vero~
カツカツと軽快な足音が近づいて来る。


太陽の陽射しが眩しくてとっさに目を細めた狭い視界に、見覚えのある細身のシルエットが飛び込んで来た。


「Je regrette de vous avoir fait attendre! (遅くなって申し訳ありません!)」


小気味良い軽やかな足音と共に、そのシルエットは急速に迫って来て、


「Je m'en doutais! (そうじゃないかと思っていたのです!)」


私が抱いていた奇妙な期待は、確信へと姿を変えた。


「……あ、の」


戸惑いと動揺を隠し切れず、私は言葉を途切れさせながら、たまらず息を飲んだ。


「Ca ne m'etonne pas (やっぱり、そうだった)……あ、日本語の方がいいかな」


目の前に立っている彼から、甘くてスパイシーな香りがした。


「パスカルが野心家で男みたいな人だなんて言うから、どんな男女が来るのかとばかり思っていたから。どうやら僕は、完全におちょくられたみたいだ」


親友からね、と彼は照れくさそうに笑った。


眩しくて、眩くて、その屈託のない笑顔に心が揺さぶられた。


「君だったんだね。Kaho Komine」


その純粋無垢色の燦然たる煌めきに、目がくらんだ。


すらりとした長身と、オリエンタルで気品のある目鼻立ちと、甘くスパイシーな香りにくらくらした。


「Kou Takatsukasa?」


聞きながら、私は空のカップを足元に落としてしまった。


カラカラと転がって行ったカップを左手で拾い、彼は清涼感たっぷりに微笑んだ。


「あ、ごめんなさ――」


と慌ててカップに手を伸ばした時、大きな手が差し伸べられた。


「Enchantee,Kaho」


天から降って来たそのフランス語はまるで、ミント水のように清涼感たっぷりで。


「accueil,Paris,sur la rive droite」


「……え」


私が顔を上げると、彼は照れくさそうに日本語で言い直した。


「ようこそ。パリ、右岸へ。今日はよろしく」


「あ……こちら、こそ」


声を詰まらせながらその手に手を重ねると、


「申し遅れました。鷹司煌です。煌めくで、コウと読みます」


名前負けで申し訳ない、と彼が恥ずかしそうに頬を赤らめるものだから、つい笑ってしまった。
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