フィレンツェの恋人~L'amore vero~
高校最後の年にあるバカロレアという統一試験を取得した人のうち、グランゼコールに進むのはその中のわずか5パーセント。


矯激に狭き門なのだ。


名門グランゼコールを出たか、出ないか。


それだけで、その人の一生をほぼ左右するくらいだ。

 
日本のように、普通に大学を出ただけでは出世できないのだから。


「あと約2年で修士号相当の資格が持てるんだ」


「じゃあ、やっぱり、煌も鷹司グループを継ぐのね」


うん、と頷きながらも煌のその表情は曖昧なニュアンスをたっぷり含んでいた。


「叶うのなら継ぎたくはないけどね。仕方ない。僕しか居ないからね、後継者は」


夏の陽射しが、煌の黒髪をつやつやと輝かせる。


「どんなに反抗したところで無駄な努力なんだ。いずれは父のあとを継がなければならない運命のもとに生まれて来たからね」


と苦笑いする煌を、私はやっぱり一目置いた目と、そして良い意味で好奇の目で見つめてしまうのだ。


「煌って、へんな人ね」


「変? どのあたりが変?」


「全部。うまく言えないけれど、変だわ」


御曹司なのに。


エリートなのに。


そんなオーラは無いし、人懐こくて、気さくで。


気取らず驕らず、飾り気もなくて、友好的で。


どう言葉にすればいいのか、分からないけれど。


「おかしな人」


例えば、みにくいアヒルの子のような空気を漂わせているというか……。


誰の色にも染まらない、無色透明な。


まじまじと見つめていると、


「ならやはり、僕は変なのだろうね。ジョセットにも変な男だって笑われるんだ、しょっちゅうね」


と煌はくすぐったそうに笑って、ネクタイをきゅうっと締め直した。


「こんな話、つまらないだろう?」


「そんなことないわ」


「つまらないよ。さあ、行こう」


「行くってどこへ?」


「右岸を散策しよう。冒険だよ。わくわくするだろう」


と煌がベンチを立った。


エリートとは思えないほどに砕けた話し方と、無垢な笑顔と、肩の凝らないエスコート。


「どこへ行きたい? 華穂」


自由きままな野良猫のようで。


雄大な空をぐるうりと旋回する、鷹のようで。


抜けるような青空をマイペースに流れる、純白の雲みたいな。


出逢った頃の煌は、そういう男の人だった。
< 279 / 415 >

この作品をシェア

pagetop