フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「そうねえ、どうしよう。私、右岸へはほとんど来たことが無いから」


「ジョゼットと遊びに来たりしないの?」


「何度か来た事はあるけれど。ジョゼットの友人が通う大学を見学しただけだもの」


「なら、右岸はまるで知らない土地みたいなものじゃないか」


「ええ。そういう事になる」


「なら」


ここからいちばん近いルーヴル美術館はどう?


と提案してくれた煌のスーツの裾を軽く引っ張る。


「いいえ。ルーヴル美術館よりも行きたい所が見つかったの。たった今」


あそこ、とさっきひったくりに遭った、そして、煌に出逢った教会を指さす。


「あの教会に行きたい。中に入れる? 入ってみたい」


「あそこでいいの? もっと他に、立派な教会もあるけど」


サクレクール寺院とか、と続けようとした煌に「いいのよ」と私は首を振った。


「あの教会がいい。入ってみたいの」


やや沈黙があってから「オーケー」と可笑しそうに笑いながら、煌は私の手を取って、


「行こうか」


と歩き出した。


「あ、の……煌」


どきどき、した。


「え? 何、どうかした?」


フランスでは、これが普通なのだろうか。


無邪気な顔を向けて来た煌に、少しだけドキドキした。


男の人の手は、こんなに大きいものだったっけ。


「いいえ。何でもない」


「そう?」


「ええ。行きましょう」


異性と手を繋いで歩くという行為は、たぶん、数年ぶりだった。


高校の時に交際した彼以来だったから、緊張しているだけよ。


きっとそうだ、と思いながら鼓動が聞こえてしまわないように、煌の手を静かに握り返した。


再び教会の前に到着した時、私が先に口を開いた。


「さっき、この教会から出て来たけれど。お祈りでもしていたの?」


教会を見上げながら、煌は小さく首を振った。


「いや。実は、1区に来るのは本当に久しぶりでね。懐かしくなったから、ちょっと立ち寄っていたんだ」


懐かしいな、と煌は呟きながら教会を見上げる。


その目はまるで、大切な誰かを慈しみ、愛しみ、愛でるような……労わるような、そういう目だった。
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