フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「何て言ったのかなんてどうでもいいのよ。ただ、ひとつだけ。今、煌は何語を口にしたの? それも、ラテン語なの?」


「いや、ラテン語じゃないよ」


煌は食い気味に即答したけれど、


「……イタリア語」


それはどこか都合悪そうで、歯切れの悪い口調だった。


「ふうん。イタリア語だったの。煌は本当にエリートなのね」


「僕が? エリート?」


「そうよ」


「どこが?」


きょとんとした煌の黒い瞳がくるくる動いた。


「日本語、フランス語、ラテン語。それに、イタリア語まで話せるなんて」


と指折り数えながら「他にもある?」と聞いた私に、煌は「さすが語学留学生」と苦笑いした。


「英語と、中国語を少しだけ」


「すごいのね」


「どこが?」


「だって、6ヶ国よ。6ヶ国の言葉が分かるんだもの。尊敬するわ。私も見習って苦手な英語を克服しようかしら」


「6ヶ国の言葉が分かっても、何の役にもたたないけどね。意味がないよ。それに」


どうでいい事だよ、と優しさにぶっきらぼうを含ませた言い方をして、煌はふいっと目を反らした。


決して長いとは言い難いけれど真っ黒なまつ毛に光が降って、つややかに輝いている。


「6ヶ国語を使えても、鷹司の息子であっても。僕は何の権力も力もないからね。ただの無力な人間の端くれに過ぎないんだ。結局」


まるで、欲しい玩具を買ってもらえずにいじける態度を取り続ける子供のような横顔だった。


「僕はもう大人なのに。父も母も、子供扱いするんだ」


その横顔に話しかけてはいけない気がして、私は口を一文字に結んだ。


沈黙が訪れるのを恐れながら。


けれど、決して、嫌な沈黙ではなかった。


陽射しが差し込むステンドグラスはまるで万華鏡のように、くるくるとその表情を変える。


眩しい沈黙だった。


「Bon anniversaire! (誕生日おめでとう)」


その煌びやかな光に包まれていた沈黙を破ったのは、煌の高潔な声だった。


「え? 誕生日?」


「うん、そう」


にっ、と微笑んだ煌に「誰の?」と訊ねる。


「実は、今日」


ステンドグラスに優しい視線を向けながら、煌は言った。
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