フィレンツェの恋人~L'amore vero~
ミルクもシュガーも入っていない、シンプルなエスプレッソ。


麦や穀物を混ぜ入れたザクザク触感生地のバケット、パン・オ・セレアル。


バケットから溢れてこぼれ落ちそうなしゃきしゃきのレタスに、肉厚の完熟トマトと、甘味のあるバイヨンヌの生ハムに、とろりとしたシェ―ヴルチーズ。


「「ううううーん!」」


思わず唸ってしまうほどの美味しさに、表情が緩む。


「ちょっと、煌! これ、反則よ!」


フランスに来て、あらゆる種類のバケットやサンドを食べたけれど、感動したのは初めてだった。


「おいしすぎるっ!」


夢中になってバケットサンドにかぶりつく私を、煌は満足気に見つめて、エスプレッソを飲み干した。


ぷっはー、なんて。


「そうだろ!」


まるで、仕事帰りのサラリーマンが居酒屋で生ビールを一気に飲み干すように。


「高級フレンチなんて、足元にも及ばないんだ!」


オープンテラス席で向かい合って、私たちは約20センチほどにも及ぶ大きなバケットサンドを、あっと言う間にたいらげた。


食べ終えたあと、煌が夏空を見上げた。


「Bleu clair (水色)」


と、指さしながら。


そんな彼の横顔からさりげなく視線を外して、残りのエスプレッソを飲み干す。


ブルー、クレール。


水色。


それから、私たちはマレ地区をうろうろ歩き回って、公園に立ち寄った。


「少し休もうか」


休日の公園はたくさんの人であふれていた。


私たちは木陰のベンチに座って、お互いの事を話した。


とても、たくさん。


と、言っても、その内容はありきたりで本当にくだらなくて、しょうもない事ばかりで、傍からすればどうでもいい事ばかりで。


だけど、なぜだか無性に楽しくて、話が尽きる事はなかった。


何時間、そうしていただろう。


次第にひとり、ふたり、と人が帰って行って公園がすかすかになっても、私たちはおしゃべりをやめなかった。


フランスの夏は日照時間が長く、朝6時から夜22時頃まで明るい。


それも理由のひとつだったのかもしれない。


夜になった事にも気付かず、私たちはおしゃべりに没頭した。


いっそこのまま時が止まってしまえばいいのにと思いながら。


もう少し、あと少し。


この人と話していたいと思った。
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