フィレンツェの恋人~L'amore vero~
もう21時になっていた事を知ったのは、


「あれ? 雲行きが怪しくなって来たね」


急に薄暗くなり、上空に雨雲が流れ込んで来た時だった。


「本当ね……雨が降りそう」


湿気を含んだ風が頬をつるりと撫でる。


「う……わっ!」


突然、煌が大きな声を出した。


「大変だぞ、華穂! もう21時だ!」


ほら、とスーツの袖から腕時計を覗かせて見せて来た煌が、勢いをつけてベンチを立った。


「これはまずい。確実に、僕は説教部屋行きだ!」


ああっ、と額を押えながら煌がフッと溜息を吹き出す。


「説教部屋?」


私も立ち上がり首を傾げると、煌が落ち込み気味にぼやく。


僕としたことが……、と。


「若い女性をこんな時間まで連れまわしてしまうなんて。パスカルとジョゼットに説教される。確実にね」


「まさか」


平気よ、と私はぷうっと吹き出した。


「まだ21時じゃないの」


何を暢気な、と煌がむっとした顔つきになった。


「もう、だよ」


「大袈裟だわ。東京じゃ21時でも若者がうろうろしているわよ。高校生だって遊んでいたりするもの」


「そうかもしれないけど。でも、僕には君を任せられたという責任がある」


「あなたって、意外と昔堅気な男の人なのね」


「何とでも言ってくれ。とにかく帰ろう。送って行くから」


と、煌が私の手を掴んだ時を見計らったようにポツと冷たいひと粒が上空から落っこちて来て、


「「……あ」」


私たちは同時に空を見上げた。


雨。


ポツ、ポツ、はすぐさまパラパラに変わって、


「「降って来た!」」


そして、間もなくサアーっと本降りになった。


「まずいな」


ぐるりと辺りを見渡してみても、広い野原のような公園内に雨宿りできそうな場所など見当たらない。


「走ろう」


「えっ」


「入って」


煌はスーツのジャケットを広げて私を抱き入れると、


「こんな事になって申し訳ない」


と走り出した。


煌の香りに包み込まれながら、私は土砂降りのパリの中を駆け抜けた。
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