フィレンツェの恋人~L'amore vero~
公園を飛び出して、セーヌ川沿いに軒を連ねる雑貨店の軒下をめがけて飛び込む。


「今日は雨が降る予報じゃなかったのに」


ツイてないな、と煌はスーツについた雨粒を払い落し始めた。


「濡れなかった? 大丈夫? 華穂」


頭からバケツの水をかぶったように濡れてしまった煌が、濡れていない私を気遣うように聞いてきた。


「ええ、私は平気……でも、煌が」


私は急いでバッグからハンカチを取り出して、


「ごめんなさい。私をかばったせいで」


煌の顔を拭いた。


「ありがとう。すまない」


通りのガス灯に蝋燭のような温かみのある光が灯り始める。


傘を差した買い物客たちが足早に通りを行き交っていった。


「雨、やみそうにないわね」


軒下から雨空を見上げた私に、煌は「じきにやむよ」と笑った。


「ほら。向こうの空が明るいだろう。夏の通り雨だよ」


「だと、いいけど」


上の空声で返しながら何気なしにガラス張りの店内を覗き込む。


細身で白髪の可愛らしい老女がレジカウンターでこくりこくり、居眠りをしていた。


中はお洒落で、だけどキッチュな小物雑貨たちがひしめき合うように、所せましとディスプレイされている。


「わ……」


アンティークの小物や、ファンシーなカフェオレボウル。


だけど、店内の雰囲気はノスタルジックで。


「素敵」


背後に雨の気配を感じながら、ガラスにべったりとはり付いた私を、


「grenouille (カエルみたいだ)」


と煌はけらけらと笑い飛ばした。


「ひどい」


「ああ、すまない。ごめん」


「……でも、本当に」


なんて可愛らしくて、繊細で、温かみのある素敵なお店なの。


世界中の宝物を詰め込んだ小箱のような雑貨店だった。


レトロなデザインのティーセットやコーヒーカップに食器。


クリスタルのワイングラスやアクセサリー。


エッフェル塔や蝶々や花をモチーフにした、ポストカードまである。


店内の中央部には優しい明りを放つランプがつるされていて、蛍のようにぼんやりとした光が降り注ぐガラスのショーケースがあった。
< 290 / 415 >

この作品をシェア

pagetop