フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「そういう問題じゃないわ」


それでも断固として返すと言って聞かない私の手を掴んで、


「絶対、君にぴったりのデザインだと思ったんだ!」


煌は言った。


「les fleurs des champs (野原に咲く花)」


どこまでも透き通った真っ黒な瞳が、私の魂を吸い込もうとする。


息ができなくなった。


「Vous les Bleu clair fleurs des champs (君は、野原に咲く水色の花だ)」


吸い込まれまいと頑張る事に必死で、動く事も声を出す事もできなかった。


「あ。見て、華穂。雨が上がったよ」


と煌が軒下から手を伸ばした時、彼の携帯電話が鳴って、


「ああっ! 忘れていたっ!」


それはパスカルからだった。


『Kou! T'es ou? (どこに居るんだ)』


「うわっ」


と煌が携帯電話を耳から数センチ離してしかめっ面をした。


携帯電話からパスカルの声が漏れて、鮮明に聞こえて来る。


『Josette est inquiet! (ジョゼットが心配しているんだぞ)Kaho n'est pas encore rentree (華穂がまだ帰って来ないって)』


どうして煌も華穂も電話に出ないんだよ、とパスカルの怒ったような言葉にハッとして、


「あっ」


急いでバッグからプリペイド携帯を引っ張り出す。


「Ah……Pascal」


と話し込む煌の隣で私は自分に呆れてしまった。


「……何てこと」


ジョゼットからの着信が何件も並んでいる。


慌てて掛け直そうとした途端に、まるで仕組まれたかのように電池が切れてしまって、私はとうとうお手上げになった。


「どうしよう。相当心配させてしまったわ」


煌とのおしゃべりに思いのほか夢中になって、着信にまったく気付かなかった。


心配性なジョゼットの事だ。


「謝らないと」


「華穂」


話を終えた煌が、苦笑いする。


「行こう。ご立腹のジョゼットがポン・ヌフまで迎えに来ているって」


「そう」


「大丈夫、僕も謝るよ」


「ありがとう。でも、煌は何も悪くないわ」


雨上がりの道をポン・ヌフに向かって歩き出す。
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