フィレンツェの恋人~L'amore vero~
夏の空と、群青色に輝くセーヌ川。


右岸と左岸を結ぶスランスで最古の橋、ポン・ヌフ。


するすると私を吸い寄せた、小さな教会。


ひったくり。


助けてくれた紳士。


彼の名は、鷹司煌。


サン・ジェルマン・ロクセロワ教会。


煌が抱きしめている、夢。


顎が外れてしまいそうなほど苦い、エスプレッソコーヒー。


香ばしい、パン・オ・セレアル。


見上げた空。


水色。


休日のたおやかな公園。


永遠を感じた、おしゃべり。


突然の、サマーレイン。


煌の匂い。


雨宿り、ノスタルジーな雑貨店。


バレッタ。


「……ああっ、もうっ」


ぽつり。


バレッタに、ひと粒、涙が落ちる。


そのひと滴はスワロフスキー素材の水面をつるりんと滑り、私の手のひらにじんわりと広がった。


「he……Kaho?」


泣いているの? 、とジョゼットが覗き込んで来た。


「Je regrette……(後悔しているのよ)」


煌に、「ありがとう」を言わずに来てしまった事に。


だって、涙がこぼれ落ちてしまうくらい、素敵な一日だったんだもの。


「楽しかったのではなくて。とても、優しい休日を、私は過ごしたのよ」


日本語で言った私に、ジョゼットが「え? 何て言っているの?」と困り顔で聞いて来る。


「Josette」


今日、私はね……。


ゆっくり顔を上げて、フランス語で言い直した。


「J'ai rencontre un homme tres gentil」


(とても優しい人に、出逢ったのよ)


例えば。


「des peupliers an bort de l'eau (水際のポプラ)」


水辺に立つポプラの瑞々しい枝葉からこぼれるように降り注ぐ、お日様の光のような。


キラキラさんざめいているのに、でも、安心感という繊維でできているふかふかのフリースにくるまれたような。


そういう人だった。


煌は、そういう人だったわ、ジョゼット。


決して泣きたいわけではないのに、勝手に涙があふれてくるような、底知れぬぬくもりに包まれた、素敵な一日だったのよ。


そんな休日をプレゼントしてくれたのは、彼だった。
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