フィレンツェの恋人~L'amore vero~
無防備すぎだろう、と恥ずかしくてたまらなくなって、


「か、帰ります!」


あくせくしながら、


「今日は本当に、素敵な一日をありがとう」


ぺこっと一礼して、そそくさと逃げるように立ち去ろうとした私の背中を、


「Attendez! (待って!)」


煌のネイティブなフランス語が呼び止める。


「Attendez,S'il vous plait! (待って下さい)」


「……え?」


振り向くと、


「あ……ごめん。あの、僕の話も聞いて」


そこにあったのは、煌のしどろもどろな表情だった。


「あ。ごめんなさい」


そうだった、と歩み寄ろうとすると、


「ああ! いや、そのままで、そこでいいから」


と煌は右手で制するジェスチャーをしてなぜだか頬を紅潮させながら、続けた。


「僕の質問に答えて欲しい」


「え、ええ……分かった」


見ているこちらが恥ずかしくなるほど、あの、その、と煌が赤面している。


「もっ、もしっ」


「もし?」


「もし……その……君が嫌でなければ、で構わないから」


煌の背後に、月が浮かんで夜のセーヌ川を明るく照らしている。


「Si……Si on allait au Cinema?」


「……映画?」


「ああ。観に、行きませんか?」


こくりと頷きながら煌が笑った。


「君が嫌でなければだけ――」


「行く」


食い気味に返事をすると、


「えっ、行くの? 僕と?」


と煌は豆鉄砲をくらったようにきょとんとした。


「はあ?」


私は思わず笑ってしまった。


へんな人。


「行こうって言ったのは煌じゃないの」


ああ、そうか、と煌も可笑しそうにククと笑った。


「じゃあ、映画の次は美術館巡りなんてどうかな」


その次は食べ歩き、次は教会巡り、次はその次はと、後から後からいろんな場所へ行こうと煌は言って来た。


その都度、私は食い気味に「行く」と返して、最後はふたり同時に吹き出して笑った。


煌は不思議な空気を身にまとう貴公子のような人だった。


その空気はいつも完璧に浄化されていて、そして、マイナスイオンのように綺麗な綺麗な。


「そうと決まれば、今、僕がすべき事もおのずと決まってくるわけだ」


「すべき、こと?」

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