フィレンツェの恋人~L'amore vero~
けれど、いつ、どこで、何が起きても不思議ではない空間に、人間は存在しているのかもしれない。


私と煌に変転が訪れたのは、もうすっかり秋も色濃くなり、空気が一層冬に近づいた10月の始めで。


煌と会わなくなって、1か月になろうとしていたころだった。


ジョゼットが通うソルボンヌ大学がほど近い、サンミッシェル通り。


マロニエの木の葉が紅く色づき、木の実が落ち始めた秋晴れの日だった。


放課後、サンミッシェル通りのカフェで落ち合った私とジョゼットは、テイクアウトしたコーヒーを飲みながら、


「He,Kaho?」


「Quoi? (何?)」


「Etes-vous contente de votre ecole de langues? (語学学校に満足している?)」


「J'en suis ravie (とても満足しているわ)」


近くの小さくて静かな公園のベンチでおしゃべりをしてから帰る事にした。


ジョゼットとゆっくり話をするのは久しぶりだった。


「Joseette? (ジョゼットは?) C'etait comment,les examens? (試験、どうだったの?)」


「Ah……Comme ci,comme ca (まあまあ)」


ここ最近はジョゼットの試験勉強のためにふたりで食事をとる事が無かったから、久しぶりに一緒に買い物をして帰ろうという事になったのだった。


正面の小さな池に秋の西日がやわらかく降り注いで、水面がキラキラ光を放つ。


宝石をばらまいたような水面を優雅に行き交う黒鳥たちを目で追いかけながら、私はくすくす笑った。


「He,Josette」


「Quoi?」


どうしたの、急に笑ったりして、とつられたように笑ったジョゼットの髪の毛は夏から少し伸びて、ふわふわのショートヘアーになった。


「Regardez (見て)」


あの子、と私はその中でもいちばん艶のある羽根の黒鳥を指さした。


「noir oiseaux,ll semble Kou (あの黒鳥、煌みたいね)」


「Kou?」


「Oui」


「Kou? noir oiseaux? (煌が? あの黒鳥?)」


面白いことを言うのね、とからから笑うジョゼットに、これを期に煌と距離を置こうと思っている事を伝えた。
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