フィレンツェの恋人~L'amore vero~
ごめんなさい。


私のたった一言で、


「え……?」


大きな大きな雨雲が太陽を隠すように、煌の笑顔もふいっと陰り、


「行かない」


最終的に、私たちを包んでいる空気さえも重く湿っぽいものになっていった。


「突然、来られても……私……」


その重い空気に耐え切れず、先に目を反らしたのは、


「困る」


私だった。


「ごめんなさい」


もし。


本当に神という存在があり得るとするなら、私はその存在をなんて意地が悪いのかと思った。


今、いちばん会いたくて、だけど、いちばん会いたくない人を、私の元へ送り込んで来たのだから。


ぐらり、ぐらり、と心が揺れ動いて戸惑っている私のところへ。


絶妙なタイミングで、送り込んで来たのだから。


「本当に、君の言う通りだ」


ハッとして顔を上げると、今度は逆に目を反らされてしまった。


「突然、押し掛けるなんて失礼だね」


すまない、と煌が距離をとるように一歩後ろへ下がった。


「電話で確かめてから来るべきだった」


「あ……違うの、責めているわけじゃ」


と一歩近づこうとしたけれど、やめた。


顔を上げた煌と目があって、私たちはほとんど同時に目を反らして、口をつぐんだ。


会いたかった。


本当は、毎日、あなたからの連絡を待っていたのよ。


本当は、すごく、気が狂いそうなくらい、会いたかった。


煌。


なぜだろう。


心の中では素直に言葉にすることができるのに、私はどうしてもそれを声にすることができなかった。


その時、私の背中を叩いたのは、


「A ce soir! Bonne journee! (行ってらっしゃいよ)」


ジョゼットの明るい声だった。


振り向くと、ジョゼットは上手にウインクをして、私にアイコンタクトで訴え掛けてくる。


「mais (でも)」


と煮え切らない態度をとる私に、苦笑いしたのは煌だった。


「強要はしないよ。相手の都合もお構いなしに押しかけた僕が悪いのだから」


「キョー……ヨー?」


日本語が分からないジョゼットが目をぱちくりさせて、煌を見つめる。


ふ、と煌が笑った。


「そう、強要」


と、それでも煌はフランス語に訳すわけでもなく、日本語で続けた。
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