フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「実を言うと、久しぶりに休みを貰えたんだ。明日、一日だけなんだけどね」


じっと、私の目を見つめながら。


「たまたまね、たまたま。偶然」


Bon,alors au revoir.


じゃあ、帰るよ、と煌は不自然なほど爽やかに微笑んだあと、私たちに背を向けて、アパルトマンに横づけしていた車に向かってすたすたと戻って行く。


ピカ、と煌めく煌の革靴が、ガス灯の明りを反射して眩しい。


その煌めきのような眩しさに目を細めた私の名前を呼びながら、


「He,Kaho」


肩を叩いてきたのは、もの問いたげな顔のジョゼットだった。


「あ……ええと……Quoi?」


私の返事を待ち望んでいたかのように、ジョゼットが口を開く。


「Qu'est-ce que vous avez diz? (何て言っていたの?)」


遠ざかる煌の背中を指さしながら首を傾げたジョゼットに、私は煌と交わした会話をフランス語に訳して伝えた。


たまたま、偶然、休みを貰えたらしいのよ、と。


「Non!」


瞬間、ジョゼットの表情は一変し険しいものになった。


「Ce n'est pas vrai! (違うわ!)」


口調まで荒々しい。


まるで、怒鳴られているような気持になった。


「C'est impossible! (そんなはずがないわ!)」


「……impossible……?」


首を傾げた私に、Oui、とジョゼットが詰め寄って来た。


キッチンに立っていたジョゼットから漂うスパイスの香りが、鼻を突き抜ける。


「A mon avis,il ne dit pas la verite (彼は本当の事を言っていないと思う)」


「え?」


「Autant que je sache (私の知る限りでは)」


そう言って、ジョゼットはかくりと肩を落とした。


けれど、その表情はどこか安堵したような、そして、何かから解放されたような雰囲気があった。
< 318 / 415 >

この作品をシェア

pagetop