フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「Cette demeure (このままにしてあげて)Ne reveillez pas (起こさないで)」


このまま眠らせてあげて、と私は小さく首を振りながら、笑った。


「Etes-vous sur? (いいの?)」


ジョゼットが肩をすくめるジェスチャーをした。


「Oui」


私は頷き、ジョゼットの手を離して隣にしゃがみ込んだ。


「Je vous en prie (いいのよ)」


「mais (でも)」


せっかくだから出掛けてくればいいのに。


とジョゼットはふわふわの前髪を掻き上げながら苦笑いする。


また、しばらく会えない日が続くかも分からないのよ、と。


それでもいいの、と私はもう一度首を振って、煌の寝顔に視線を落とした。


この人は、嘘つきだ。


それも、優しい優しい嘘つきだ。


――昨日、パスカルと電話をしたんだけど


もし、さっき。


パスカルに口止めされていた事をジョゼットが教えてくれなかったら。


――パスカルが言っていたのよ


私は、まんまと煌の優しい嘘に騙されて、そのままだったのだろう。


それに、煌を引き留めたりもしなかっただろう。


そして、もう、会わなくなってしまうのではなかっただろうか。


――煌の忙しさは異常だって。電話にも出てくれなくなったって


――煌は父親に、全ての自由を奪われてしまったんだって


鷹司グループの会長であり、煌の祖父である鷹司五朗が亡くなって、周囲の期待は一気に御曹司である煌に注がれるようになった。


けれど、煌はまだ若く、大学生だ。


それに、煌はあの通りエリートな空気すら漂わせず気さくで友好的で、天真爛漫で、自由奔放主義者。


それを良く思う者が居れば、嫉む者だっているのだ。


いきなり社長のポストに就くには早すぎる。


鷹司の重役ポスト、次期社長の座を狙っていた強かな者たちが、あの息子には次期社長の器など無いと囃し立てるようになったらしいのだ。


いつもフラフラ遊び歩いている。


大学の試験は悪いわけではないが、いつも無難な平均ラインより少し上の辺り。


鷹司を継ぐ者としての頭脳ではない。


何よりも、あるひとつの噂が、煌の父親を動かしたらしい。


あのバカ息子は勉強もせず、毎日のように、東洋の女と遊び歩いてばかりいる。
 
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