フィレンツェの恋人~L'amore vero~
誰かが、何かを、叩いている。
……コン。
浅い眠りの中、私の耳がその音をとらえたのは確かな現実だった。
コン、コン。
誰かが、私の部屋のドアを叩いている。
……誰。
とろとろと淡い微睡みの中で、もう朝が来たのかと考えながらドアの方へ寝返りを打つ。
うっすらとまぶたを開けると、空間はまだ暗いままだった。
コン……コン。
でも、その音はどうも夢ではないようだった。
ベッドサイドのデジタル時計は午前0:00を表示していた。
ああ、そうか。
ご飯を食べて、うたた寝をしてしまったのか。
ぼんやりしたままドアを見つめていると、またコンコンと音がした。
「……Oui」
眠気が抜け切れていない重たくけだるい体をもっそりと起こし、私はもそもそとベットを下りて、ドアに向かった。
ジョゼットが起こしに来てくれたのかもしれない。
お風呂に入りなさい、と。
うたた寝していたら風邪を引くわよ、と。
「Ah……Josette?」
少しの間があって返って来たその声に、
「……僕だよ、華穂」
私は完全に、完璧に目を覚ました。
……そうだった。
煌が居たんだった。
「煌! 起きたの?」
あわわわわ、と急いドアを開けようとノブに手を掛けて、
「ごめんなさい、私、うたた寝を……今、開けるから」
「開けないでくれないか」
いつもとは明らかに違うその口調に私は戸惑った。
「このまま、僕の話を聞いてくれるとありがたい。すぐに終わらせるし、話したらさっさと帰るから」
どこか投げやりで、寂しげで、弱弱しい声だった。
「でも」
とやっぱり開けようとドアノブを回してみたけれど、
「えっ、あれっ?」
「開けないで」
外側で煌が抑えつけているのか、右にも左にも回す事ができない。
「……煌? どうしたの?」
「今、君に、顔を見られたくないんだ」
頼むよ、そう言った煌の声は、まるで何かに酷く脅えたような弱弱しいものだった。
「……分かったわ」
私は月明かりが差し込むだけの仄暗い空間をぐるりと見渡して、もう一度、時刻を確認した。
0:05
「華穂」
「うん」
1枚のドア越しに、私たちは会話を始めた。