フィレンツェの恋人~L'amore vero~
引っ込めた私の手を掴もうとして伸びてきた煌の手は、寸前で空を切り、躊躇するように引っ込んでいった。


何か言いかけるように薄く唇を開き、途中で結んで、一度うつむき、一拍あって顔を上げ、それから唇を噛み締めて、煌は再び目にいっぱいの涙を膨らませた。


そして、煌は唇を震わせこじ開けるように開き始めた。


彼の喉を空気が通る音が微かにして、次の瞬間、優しくかすれた声で煌が言った。


「Depuis le premier jour,je t'aime」


フランス語で言った後「華穂」と私の名前を囁くように呼んで、煌は日本語に訳して繰り返した。


「初めて会った時から、君の事が好きだった」


全く、これっぽっちも泣くつもりなどなかった。


けれど、その一言を聞いた瞬間にさすがにもう堪えきれなくなってしまった。


春がすみのように目の前が霞んで煌の表情が歪んで見えて、初めて、自分が泣いているのだと知った。


ひと粒こぼれると、あとはもうつっかえが外れたようにとめどなく溢れて、次に気付いた時、私はせきを切ったように泣いてしまっていた。


「困ったね」


そう言って煌がすうっと手を伸ばしてきたけれど、私の頬に触れる事なくその手を引っ込めた。


まるで、遠慮するように。


「なぜ、君が泣くの」


私はグズグズ、泣きながら答えた。


「だって」


だって、いつも無防備な笑顔の。


「煌が……泣くから」


今度は私が煌の頬に手を伸ばしたけれど、


「僕に触れないで」


と煌は拒否するように後ずさった。


「……煌?」


空を切り、行き場を失った手が寂しさに震えた。


「君は僕のような人間になりたいと言った事があったけれど……僕は君が思い描いているような人間じゃない」


言いながら都合悪そうに目を反らしそっぽを向いた煌は、肩を震わせながら続けた。


僕がいつも笑っているのには理由があるのだ、と。

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