フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「そういう顔を……僕に見せるな。力ずくで奪って、めちゃくちゃに壊してやりたくなる」


背筋が硬直した。


奪う、とか、めちゃくちゃ、だとか、壊す、とか。


下品な言葉を平気な顔で使った煌に、戸惑った。


「やっぱり、血は争えないものなんだな」


と煌は苦笑いして、困ったように肩をすくめるジェスチャーをした。


いつも紳士的で、どんな時も誠実で、仕草ひとつひとつにまで気品のある人が“そういう”言葉を使うと、たまらなく野蛮で節操のないただの生き物に見える。


好きだとか、そういう感情以前の事に気付く。


ああ。


この人は“男”なのだ、と。


煌の指が私の髪の毛を絡み解く。


その指の動きに、私の本能は過剰に反応した。


首筋から鎖骨にかけて、ぞくぞくした。


「今の僕は、君に何をするか分からない」


ならば、そうしてくれて構わない。


どうせなら、いっその事、その美しい手でめちゃくちゃにして欲しいとさえ思う。


日本に帰れなくなるくらい、どこもかしこもめちゃくちゃにして、壊して欲しい、と。


何も考えなくても済むように、乱暴に、おとしめて欲しいとさえ。


だから、私は睨むように煌の瞳を見つめ返してやった。


すると、煌は本当に困り果てた顔付きになった。


「君は何て目をするんだ…僕が男だという事を分かったうえで、そんな目をしているの」


なんて女だ、と煌が私の耳元で囁くと、その吐息が首筋に触れてくらくら眩暈がした。


「力ずくで君を奪う事なんて簡単なんだよ」


そう言いながら煌は親指の腹で私の下唇をツツとなぞった。


足元から一気に力が抜けて行きそうになる。


ぐらりとふらついた私の体を、煌が腕でしっかり受け止めた。


「華穂、大丈――」


「わ……たしっ……」


やっとの思いで声を絞り出し、


「後悔しているの」


私は煌の胸を押し返した。
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