フィレンツェの恋人~L'amore vero~
その真っ黒な瞳に吸い込まれてしまいそうで、恐ろしくなった。


「何も無かった事にするなんて、できないよ。僕にはそんな勇気も強さもない」


けれど、もう、その瞳から逃れる事など、私にはできなかった。


反らす事すら、できない。


「華穂」


煌の手が私の顎を軽く持ち上げる。


「もう……出逢ってしまったんだよ。僕と、君は」


唇が重なろうとした時、


「待って、煌……待って」


私はふにゃふにゃと言いながら、両手で彼の口元を塞ぎ、それを拒んだ。


「教えて」


聞いた私の手を剥がして「何?」と煌が見つめてくる。


ダークな暗黒色の瞳に吸い込まれそうになりながら、最後の悪あがきをするように、私は煌を睨み付けた。


どうしてなのだろう。


この世界にはごまんと男がいるのに。


他の男でもいいのに。


なぜ、この男でなければならなかったのだろう。


どうして、私は。


「……煌」


この男がいいのだろう。


この男でなければならないのだろう。


煌のスーツの肩に淡い月光がたなびいて、私はその細かい煌めきに目を細めた。


つるりと滑り落ちるように頬を涙が伝い、そして、落ちて行く。


「なぜ、私たちは……出逢ってしまっ――」


息の根を止められたような気がした。


まるで、私の声を押し込めようとするかのように、煌の唇にふさがれた。


グラリと目の奥が歪んで意識が遠のきそうになるのを堪えながら、とっさに煌の胸を押し返す。


「なぜ? どうして、こういう事をするの……」


泣きながら抵抗し続ける私の顔を両手で挟み、上を向かせ、


「君の事が好きだから。他にどんな理由があるんだよ」


優しげな瞳を落としながら煌が言った。


「他に理由なんてない」


その瞳に、負けそうになる。
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