フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「いずれは君をさらいに行く予定だから」


こんなふうにね、と煌が言ったのとほとんど同時に、私の体は無重力の空間にぽーんと投げ出されたように、宙に浮いた。


「パリから日本へ戻った君を、再び、さらいに行こうと考えているんだけれど」


煌は両腕で私の体を軽々と、でも、しっかりと抱きかかえ、続けた。


「どうかな? もう一度、パリへ来てくれないかな」


「本当に……煌は、それでいいの? 私でいいの? 後悔しないの?」


煌の腕の中で私がした質問攻めには答えず、


「君は軽蔑するかな……」


と消え入るような声で言いながら、煌は私の体をベッドにそっと横たわらせた。


彼が覆いかぶさって来ると、窓から差し込んでくる月光を遮るように、煌の影が私を包み込む。


「僕を軽蔑して、嫌いになるかな……」


「……え?」


クラクラ、する。


月明かりを吸収したように、黒々と光沢を放つ瞳の煌めきの眩しさに。


そして、甘くてスパイシーで不安定な煌の香りに、特に。


クラクラ、激しい眩暈がした。


狭い狭いシングルベッドが2人分の重さに甘い悲鳴を上げる。


ギシ、と軋みながら、私の背中を包み込むように受け止める。


「華穂」


煌はショコラミルクのような甘ったるい声で私の名前を囁くように呼んで、いつもカッチリと締めているネクタイを少しガサツに、一気に緩めた。


「君をさらいに行く前に、今、ここで。君を奪ってしまいたいと言ったら……」


ネクタイを緩めたその手が、私の太ももを這う。


その手はなぞる様に上へ移動してきて、ワンピースの中に滑り込んで来た。


「君は、僕を、軽蔑するかな」


「……いいえ」


私は小さく首を振って、煌の首元に手を伸ばし、緩んだネクタイを掴んだ。


「しないわ」


この人を軽蔑するような理由など、一切、ない。
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