フィレンツェの恋人~L'amore vero~
彼自身もその記事が出るまで知らなかったというのに、煌の母は鵜呑みにし、彼からの連絡すらもう取らなかったのだ。


『信じていた分、本当に悲しくてどうしようもなくなってしまったんだよ、きっと。何を、誰を信じればいいのかも分からなくなってしまったんだ、おそらく。母は、とても弱い人だから』


ふたりは互いに強く惹かれあったまま、知らないところで動いていた第三者の手で、3年という交際に終止符を打たれてしまったのだ。


『僕の父は本当に優しい人だよ。だから、初めは心を閉ざしていた母も、次第に父にだけは心を開いていったみたいなんだ』


さらに、1年後。


紘子は、一郎との間に命を授かった。


『それが僕だよ』


生まれて来た子は元気な男の子で“煌”と命名された。


優しい光で煌めく人生を歩む子であるように、と。


煌が10歳になった春、一郎の仕事の都合で3人はフランス、パリに移住する事になる。


そのパリでの生活が幕を開けた矢先の事だった。


友人の結婚式に呼ばれたと煌の母はイタリア、ミラノへ発った。


本当ならば、2日後に帰ってくるはずだった。


『でも、母が帰って来たのは1週間後で、その日の夜、父と口喧嘩をして母は家を飛び出して行った。驚いたよ。一度も喧嘩をした事がないふたりが、初めて喧嘩をしたんだ』


そして、それっきり、煌の母は戻って来なかった。


『僕は父を責めた。何も分からないくせに、一方的に父が悪いと決めつけて、毎日毎日責め続けた。けど、父は顔色ひとつ変えずに母さんは戻って来るって。この家の他に居場所はないからって言ったんだ』


それから煌は思春期という難しい年頃に、母親の愛情を知らずに、父親ともギクシャクしたまま、寂しさをひた隠しながら育っていった。


『母が家を飛び出してから父は人が変わったように仕事に打ち込むようになっていったし、僕は僕でパリという土地に馴れる事に必死だったし、精一杯だった』


もう、母は戻って来ないのではないか。


そんな事を考え、諦めようとしていた煌が15歳になったばかりの夏だった。


『当時、身の回りの世話をしてくれていた家政婦が、パスカルと遊んで帰宅した僕に一枚のポストカードを差し出してきたんだ』


それは、煌の母からのものだった。

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