フィレンツェの恋人~L'amore vero~
少年は、かつて母が交際していた男との間に授かった子供だった、と煌は続けた。


『5年前、友人の結婚式に出席した時に本当に偶然の再会を果たし、ふたりは二度目の恋に落ちたんだ』


――もうすぐ、彼もここへ来るの。一緒に、3人で一緒に、誰も私たちを知らない土地で静かに暮らそうって言ってくれたのよ。だけど


『ヨーロッパを出る前に、どうしても僕に会っておきたかったと母は言った。会って、僕に謝りたかったと』


――こんな母親で、ごめんなさい











夕方になり神々しい西日が教会のステンドグラスを煌めかせ、教会内の白い壁をセピア色に染め始めた頃だった。


ギギ、と扉が開いて、現れたのは背の高いスマートな男だった。


「淑明(としあき)さん!」


ラグジュアリーなダークグレイのスーツ姿の男を見て微笑んだ煌の母の腕を飛び出して「Padre! (お父さん!)」と無邪気に駆けだした少年。


少年を受け止めひょいと抱き上げた彼の背後から現れ一礼した中高年の男を見た途端、煌の母の顔から微笑みが消えたのだという。


『まるで血の気が引いて行くようにみるみるうちに青ざめてね。最後には脅えるような顔付きになった』


――サエキ


彼が言うと、中高年の男は少年を抱きかかえて教会の外へ出て行った。


――淑明さん……どういう事なの?


話が違うわ……と唇を震わせながら脅えた様子で煌の母が歩み寄ろうとした、次の瞬間だった。


――すまない、紘子


男は今にも息途絶えそうな苦しい表情をして、


――こうするしかなかった。君の命を守るためには他に方法がなかった


ラグジュアリーなスーツのジャケットから黒光りする拳銃を抜き出し、


――君を裏切るのは……これで二度目になってしまうね


銃口を煌の母に向けたのだ。


――母に……全てを知られてしまった。全て。君が鷹司の人間である事も。僕の母は容赦のない女だ。君もそれは分かっているだろう、紘子


銃口を煌の母に向けたまま、男は声を震わせ、一歩ずつ慎重に後退していった。
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