フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「ええ。言って。ダメだしされる覚悟はできているもの」


キッと睨むように見つめ返すと、


「実は困っていたんだ。本当に」


煌はふわりとやわらかく微笑んで、


「今日、君を見た瞬間から戸惑っていて。実は大変だったんだ」


私の頭を左手でそっと抱き寄せた。


煌の胸元から頬に触れる鼓動と、彼の香りが上手に入り混じる。


「できる事なら、どこかに閉じ込めて誰にも見せたくない」


「ちょっと、煌」


煌の胸を軽く押し返して、


「そんなに似合ってない?」


首を傾げてみせると、煌は本当に困ったように右眉をへの字に歪ませて、


「君は何も分かっていないんだな」


と親指の腹で私の下唇をつつとなぞった。


「逆」


甘ったるい、砂糖菓子のような声だった。


困る。


煌の声は独特で。


それよりもその瞳はいつだって私を捕えて、抵抗すら許してはくれない。


結局、いつもこうなる。


背中がぞくぞくして全身から全ての力を抜き取られて、硬直してしまう。


声を出す事も叶わない。


彼が好んで愛用している香水。


ル・マルの甘くて切なくて悲しくて、ほんのりと辛い魅惑的な香りに、身動きがとれなくなってしまう。


煌は私の顎を人差し指だけで軽く持ち上げると、一気に深いキスを落とした。


くらくら、眩暈がした。


だから、私はこのまま気絶してしまわないように、必死に煌のジャケットにしがみついてそれを受け止めた。


そっと唇を離して、煌が言う。


「そんな可愛らしい格好なんかして。僕を誘っているの」


「ち……ちが」


かくりと力が抜けて、膝の上から箱を落としそうになり慌てて捕まえる。


「華穂」


その手を掴んで、大丈夫だよと煌が続けた。


「君は僕には勿体無いくらいの女性だよ。自慢の恋人だ」


切れ長の目を細め微笑み、今度は私の額についばむようなキスを落として、煌はハンドルを握ると煌めくヴィクトル・ユゴー通りに向かって車を走らせた。
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