フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「どうしても疲れやすいみたいなんだ。やっぱり。本来の人格でない人格が出て来ると、体力の消耗が激しいみたいなんだ」


だから、食事中だろうと入浴中だろうと時も場所も関係なく、さっきのようにコテリと眠りに堕ちてしまう事があるのだと、煌が教えてくれた。


「そうなの」


「うん。それで、一度眠るとちょっとやそっとの事では目を覚まさないからね。まるで、死んだように眠り続けるんだ。次に目を開けるまで」


それともうひとつ、と言いながら煌はミチルの枕元にしゃがみ込んだ。


「眠っている間、この体の中で、人格同士が会話してるんだよ」


ミチルが教えてくれた、と煌は言い、彼女の頬を人差し指の背中でするりとなぞるようにひと撫でした。


「その日に出て来た人格が中心になって、今日はどんな事をしたのか、誰と何を食べた、とかね。みんなで会話をするんだって」


ね。


そうだろ。


ミチル。


優しく問いかけながら、煌はミチルの前髪を掻き上げ、色白の額を撫でた。


その顔色は透けて見えそうなほど白い。


「たまには食事でもどうかな、って。たまには出てこないかって……伝えておいてよ」


母さんに。


そう言って、煌は彼女の寝顔に視線を落とした。


見れば見るほどに奇妙な光景だった。


自分の母親の寝顔を愛でるように見つめるその横顔に、私は微かな嫉妬を抱いた。


それくらい、優しくて温かな表情を煌はしていた。


そこに眠っているのは紛れもなく煌の母親だった。


なのに、その人を煌は“ミチル”と呼ぶのだ。


「ミチル。母さんに伝えてくれよ。会いたいって。こんな僕にも大切な女性がいるんだ。紹介したいって伝えておいて」


って、いつも言ってはいるんだけどね、と煌がふわりと顔を上げ、私を見て苦笑いした。


「出て来てくれやしないんだよ」


けれど、私は何も言葉を返さなかった。
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