フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「実際にね。恋愛中には脳内に麻薬物質が出るらしいんだ」


「えっ」


「大丈夫。本物の麻薬とは異なって、体には無害だから。効果は長く持っても数年らしいから」


「そうなの」


「うん」


次第に煌の口調はゆっくりになって、


「結局……母さんは……ドラッガーなんだよ」


同時に滑舌もあやふやになっていった。


「それで、僕も……薬物に溺れる……ドラッガーなんだ」


華穂、僕は……と何かを言おうとして煌は口を動かし続ける。


「え? 何? 聞こえないの」


けれど、擦れ行く声は不鮮明でほとんど聞き取る事ができない。


膝の上で、煌の頭の重みが急激に増した。


煌は私の手を握ったまま、何かに吸い込まれて行くかのように緩やかに眠りに堕ちていった。


キャンドルの灯りだけの厳かな空気に包まれたリビングに、煌の息づかいが優しく響いていた。


「煌。私も」


心地良さそうに眠る煌に、そっと話しかける。


「間違いなく、ドラッガーだわ」


生まれて初めてだった。


妙に切ないのに、でもそれ以上に優しく穏やかな時間を過ごしたクリスマスは初めてだった。


静かな夜だ。


クリスマス・イヴとは思えないほど静かな。


まるで嵐の前の静けさのように、静かな、静かな。


21時。


初めてのアルコールが原因かもしれない。


薄明りのような眠気に襲われてうつらうつらと船を漕ぐように、温かくやわらかなぬかるみに飲まれるように、微睡に溶け込んで行ったのは、その悲劇が起きる2時間前の事だった。




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