フィレンツェの恋人~L'amore vero~
誰かに起こされた訳ではないし、物音で目が覚めた訳でもなかった。


本当に何があったという訳ではなかった。


突然、ハッとして目を開けた。


煌の寝息につられて、私も眠ってしまっていたらしい。


次期に消えてしまいそうに数ミリを残してあとは液体化してしまっているキャンドルの蝋。


音を失ってしまった世界のように静かな空間。


私の膝の上で煌はまだ眠り続けている。


振り向いてデジタルの置時計で確認すると22時30分で、ほっと胸を撫で下ろす。


「……良かった」


寝過ごさずに済んだ。


私は煌を起こしてしまわないように細心の注意を払って、大きく伸びをした。


もう30分経ったら、煌を起こさなければ。


うたた寝から目覚めたばかりだというのに、自分でも信じられないほど私の頭はすっきりと冴えわたっていた。


寿命を迎えた蛍光灯のように、キャンドルの炎が弱く弱く、また弱く……点滅するように小さくなっていく。


「えっと……明りを」


付けなければと思い立ち上がろうとしたけれど、はて、と思いとどまる。


そして、リビングのドアを見つめた。


「……ミチル?」


今にも命の灯が消えるように上下する、炎。


私がその気配を感じたのは、ついに蛍光灯が寿命を迎えた時のようにキャンドルの炎が弱弱しく輝いてスウーッと消えた瞬間だった。


フッ、とリビングが暗闇に包まれる。


ひた……ひた……ひた……。


その奇妙な音をこの耳で確認したのは、キャンドルの炎が消え、入れ違いに窓から冬の月光が差し込み、リビングをほんのりと明るくした時だった。


ひた、ひた、と静かに張りつめた床を擦るようなその音が誰かの足音だと気付いた時、月光は一段と明るくなり、窓辺のチェアーを浮き上がらせるように照らしていた。


せせらぎのような幽かな足音は確実に近づいてくる。


そして、ひたり、とこの部屋の前で途切れた。

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