フィレンツェの恋人~L'amore vero~
きっと、ミチルね。


私はソファーの背もたれから頭だけを出して、ドアを見つめた。


「ミチル? 起きたの?」


返事はない。


ドアノブがゆっくりと回る。


そして、ススーと息を引くような幽かな音でドアが開いた。


キャンドルの灯りが消えて暗くなってしまったとはいえ、月明かりの仕業で青白く仄明るい空間。


今夜は妙に明るい月明かりだ。


入って来たのはやっぱり、ミチルだった。


……ミチル?


なのだと思う。


けれど、その様子が明らかにシュルレアリスムな事に気付き、私は声を掛ける事ができなかった。


入って来た彼女は無表情で、私たちの方には脇目もくれず、一点を見つめて窓辺に向かって行く。


裾が朝顔の花びらのように広がったロングのフレアスカートが、床に擦れて僅かな音がする。


ひた。


ひた。


……ひた。


体が先に出て足がそれに着いて行けていないような歩き方だった。


あっちへよろり、こっちへよろり。


水の上を漂うようにゆらゆらと歩いて来てソファーの横を通過して行った。


夢遊病者のような覚束無い足取りだった。


その姿は幽霊のように薄気味悪く、それでいて、この世の人とは思えないほどで、息を殺してしまうほど美しい。


俗界を離れた妖美さで気高く、例えるなら、繊細な硝子細工のような。


それでいて、貴婦人のような艶めかしい麗しさがあった。


ミチル。


と声を掛けようかと思いつつ、私はその美しさと異様な気配に魅了され、金縛りにあった人のように動く事ができないでいた。


窓辺に立ち月光を浴びながら外を見つめるその姿は、月影に咲き出た純白の月下美人の花びらだった。


ギイッと音がして、ハッと現実に引き戻される。
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