フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「Arrivedercil,(さようなら) Kaho」


そして小さく息を吐き出して、私の膝の上で寝息を立てる煌を見つめたのち、マインドコントロールをされたように再び歩き出した。


ひたひたと悪魔の手に操られたように。


目に見えない糸に引かれるように歩くその足は裸足だった。


けれど、その足取りは目的のあるしっかりしたもののように思えた。


彼女が操り人形のようにリビングを出て行ったと入れ違いに煌の携帯電話が鳴り響いて、飛び起きた煌が素早く電話に出る。


その最中も私は彼女が出て行ったばかりの開け放たれたままのドアを見つめたまま、動く事ができないでいた。


「Allo…… (もしもし)」


隣で目覚めたばかりの煌が大きなあくびをして、寝ぼけ声で話し始めた。


「……何だ、父さんか。どうしたの」


気怠そうに話す煌に背を向け立ち上がり、私は開けられたままのドアの外に引き寄せられるように向かった。


リビングを出て右手の一番奥の部屋に気配を感じる。


見ると、不思議な色の光がドアの隙間から漏れ出していた。


青白い、明りだった。


それに導かれるようにその部屋に向かい、ドアノブに手を伸ばす。


が、ノブに触れる前にドアが開き、私は後退して壁に寄った。


すうっと出て来たのは彼女だった。


私と肩が触れた事にも気付かない様子で、水面を歩くようにひたひたと階段のある方へ向かって行く。


白いロングスカートの裾をひらひらさせながら。


突き当りを左に曲がったその後ろ姿はまるで、日本独特のホラー映画に登場する幽霊だった。


ふっと消えるように壁の向こうに曲がった彼女と入れ違いに私の視界に飛び込んで来たのは、尋常ではないほど慌てふためいた様子の煌だった。


「ごめん、華穂。通してくれ」


煌はすごい形相でリビングを飛び出して来て、ドアの前に立ち尽くす私をするりと交わして、部屋に入って行った。


「ねえ……煌」


明りも付けずにデスクの上のスリープ状態のパソコンに向かい、起動を待つ煌の背中に声を掛ける。
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