フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「……ない」


突然、思い立ったように立ち上がった煌は、私を退けて手に紙を持ったまま部屋を飛び出し、隣の部屋のドアを開けすぐに閉め、


「居ない」


青ざめた顔で、そして、すでに何かを悟ったような口調になった。


「どこに……行った?」


分からない。


私はふるるっと首を振って、でも、突き当りの方を指さした。


「階段……下りて行ったと思う」


「……さん」


煌の表情はみるみるうちに歪んで、最後は泣き顔になった。


「母さん」


とっさに煌が駆け出した。


「煌!」


すぐに追いかけようとした時、私を引き留めるようにリビングから着信音が聞こえてきた。


テーブルの上で煌の携帯電話が光っていて、確認するとパスカルからだった。


「Allo」


出ると、パスカルはいつもと変わらぬ明るい口調で「もうすぐ着くよ」と言った。


『Suis pret? (準備はできてる?)』


もう、そんな時間になっていた事に気付く。


「Non (いいえ)」


今はそれどころじゃない、と私が言うと、パスカルは陽気に笑い飛ばして来て早く準備をするように言ってきた。


そして、窓の外を見て、今夜は異様に月が綺麗だね、と言う。


窓の外に視線を投げると、確かにいつも以上に月が明るい事に気付いた。


ホワイトシルバーとでも言おうか。


その明るさに目を細めていると、


『Tu le sais? (知ってる?)』


パスカルが聞いて来た。


「Quoi? (何?)」


『Ce soir,C'est du blue moon (今夜はブルームーンだよ)』


「bleu……moon?」


聞き返しながら、降雪の中ひときわ白く輝く月明かりに目を細める。


ブルームーン。


その言葉を耳の奥で繰り返し、頭ではこんな事している場合じゃないと焦りながら、パスカルの話に耳を傾ける。
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