フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「io sono qui (私は此処に存在する)」


銃をこめかみに突き付けた状態のまま、彼女は長年抱え込んで来た何かを一気に払拭したように清々しい表情で、煌に微笑んだ。


「母さん、死ぬの?」


煌が聞くと、


「いいえ。全てを終わらせるだけよ」


答えた彼女のトルコ石色の奥ゆかしい瞳が潤み、ゆっくり、本当にゆっくりと瞼が落ちていった。


「……華穂」


振り向いた煌は、私という存在にすがりつくような目つきで、


「頼む、華穂」


感情を必死に抑え込むように、苦しそうに言った。


「……警察を呼んでくれ」


「え……」


「早く、警察を」


早く!


まくし立てるように言われ、私は慌てて踵を返した。


グシャリと手の中で紙が歪む。


泣きそうになった。


今、間もなく。


これから起ころうとしている事態を確信し、そして、それを止める事を諦めざるを得ず、見届けざるを得ない煌の事を思うと、泣けて仕方なかった。


「Ho amato lo “Orion” (私はオリオンを愛した)」


アパルトマンのアーケードに向かう私の背中を押すようにぶつかってきたその声に、奥歯が浮きそうになる。


「Fedelta a “Orion” (オリオンに忠誠を)」


まるで、釘でガラスをグギギィーと擦ったような声質に、全身がぞくぞくした。


「Sanzioni! (制裁を) e,(そして) la vendetta! (復讐を)」


金切り声に良く似た、鋭く突き刺さるような叫び声が、冬の夜をビリビリ震わせた。


「La vendetta!」


パン。


……ああ。
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