フィレンツェの恋人~L'amore vero~
アーケードに右足を踏み出した次の瞬間だった。


パン、と弾ける衝撃音が閑静な通りに響き、私は壁にぶつかるようにハッと立ち止まった。


それは永遠とも思えるほど長い、一瞬で。


その音が銃声音だと悟った時にはすでに辺りは音を失ったように静寂を取り戻していた。


この真冬だというのに、背中をひと筋の汗が伝った。


耳の奥深くで何度も何度もリフレインされる衝撃音。


呪いをかけられたように自由がきかない体で、ぎくしゃくと振り返った。


降り止まない雪の中、煌は同じ場所に突っ立ったままだった。


煌の向こうに、人が倒れている。


雪の降り方は朝靄のようにけぶるようなものではっきりとは確認できないが、人が倒れているのは確かだった。


その背中に声を掛けるまで、一体、どれくらいの時間を要しただろうか。


「煌」


私の声に、煌の肩が僅かに反応を示した。


そして、返ってきた声に、私の思考は一瞬ばかり停止した。


「ああ、うん。うん」


何事もなかったかのようにあっけらかんとした声で、


「うん。分かってるんだけどね」


と煌は私に背中を向けたまま平然と、毅然とした様子なのだ。


それどころか、クスクス、笑い声まで聞こえてくる。


無情にも雪は降り積もっていく。


煌は倒れている人物に向かって、一歩ずつ、丁寧に近づいて行く。


「何て言うのかな。ああ、何なんだろう、本当に」


まるで自分自身に言い聞かせるように、でも、他人事のようにあけすけなその口調は、


「あ。そうだ。父さんには……何て説明しよう……かな」


一歩、足を前に進めるごとに震えだし、


「だって、まさか……こんな形で夢が終わるとは思ってなかったからね。心の準備も……準備が……」


と、ついに途絶えてしまった。

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