フィレンツェの恋人~L'amore vero~
ギョロリと見開かれた水色の瞳に輝きはなく、冬の湖のような冷たさを感じる。


けれど。


深い深い山中の未だかつて誰にも発見されていない湖のような、澄んだ色の瞳だった。


その美しい顔を隠してしまえとばかりに雪が降り積もっていく。


煌が手のひらで雪を払落し瞼を下へ撫で下ろすと、月光が血色を失った白い肌に長いまつ毛のシルエットを落とした。


それが、最後だった。


私が水色の瞳を見たのは、その瞬間が最後だった。


確かめずとも分かる。


煌の母がもう息をしていない事も、二度と目を開ける事がなくなってしまったことも。


「なんて……」


彼女の痩せこけた頬のあたりには微かな微笑みさえ感じられるというのに。


あまりにも安楽な顔を覗き込んで、


「なんて愚かな人だったんだろう」


と、煌は言葉を飲んだ。


萎み切った花のようにぐったりと横たわる華奢な体。


舞い落ちて来る雪の色と同化して、消えてしまいそうに白い肌。


でもね、と煌が言う。


「この人は……僕にとっては、たったひとりの母だったんだ」


ねえ、華穂。


私に背を向けたまま言い、煌は寿命をまっとうした月下美人のように美しい亡骸を、


「愚かだけど、僕の母だった」


壊れやすい硝子細工を持ち上げるように両手でそっと、胸に抱いた。


真っ赤な鮮血というよりはヴィヴィットカラーの赤いインクのような血が、ドクドク音を立てるように煌の手首を伝い、雪を染めていった。


生白い顔に降り積もる雪を煌は何度も何度も手で払い落とすけれど、雪はしつこく、亡骸を隠そうとするかのように降り続いた。


何とも言えなかった。


これは悪い夢ではないかと何度も思った。


やるせなくてたまらなかった。


亡骸を胸に抱き震える煌を見ていると痛々しくてたまらなかった。


でも、煌は泣くわけでもなく、感情の持って行き場を失った人のように、ただ健気に彼女の顔面に積もる雪を払い落とし続けていた。

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