フィレンツェの恋人~L'amore vero~
握り締めていたプリペイド携帯から着信のメロディが流れた。


ディスプレイで確認して、深呼吸をする。


煌からだった。


震える親指で通話キーを押しながら受話口を耳に当てる。


「……煌」


応答はない。


「煌」


もう一度呼ぶと今度は「うん」と返事があった。


「今、どこにいるの」


『……そうだな。今は、夜空の下、かな』


「ふざけないで。パスカルから電話があったの。心配していたわ。私だって心配して――」


言いかけた時、へくしょ、とくしゃみが聞こえて、私は携帯を耳に当てたまま振り向き、玄関のドアを見つめた。


今、確かにこの受話口からくしゃみが聞こえた。


それは間違いではない。


けれど。


『ごめん、華穂。もう一度言って、聞き取れなかった』


「煌……あなた、まさか」


今、その1枚のドアの向こうから聞こえてきたのもまた、確かなものだった。


『え? 何?』


「ちょっと待って」


私は携帯をソファーに投げ捨てて、玄関に向かった。


施錠を外しドアを押し開けると、冬のツンと突き刺す外気が入って来て、そこにはやっぱり煌が立っていた。


「あ……ばれた」


喪服姿で上着も羽織らずの無防備な格好で肩をすくませ、寒さに唇を震わせ苦笑いする煌の背後に、月が見える。


「いつから、居たの?」


聞くと、煌はくすぐったそうに、笑って曖昧に答えた。


「いつからなのかな。よく分からないな」


辺りに車は見当たらない。


おそらく、歩いて来たのだろう。


「僕はどこに行こうとしていたのかな」


美しい月が、やけに悲しい色に見えた。


「いろんなところをほっつき歩いていたんだけど、疲れて……気付いたらここに来ていた」


いい歳してバカみたいだろう。


そう言ってへたくそに微笑んで見せた煌を見て、胸が潰れそうになる。

< 413 / 415 >

この作品をシェア

pagetop