フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「不謹慎だろう?」


擦れ気味の声。


「僕は母を亡くしたばかりなのにね」


色艶の悪い顔。


この数日の間に一気に老けてしまったように見える、やつれてしまったフェイスライン。


「そんな状況だっていうのに。悲しみに暮れるわけでもなく」


体力を消耗しきった放浪者のようによろりと右にふらつきながら、それでも懸命に笑うこの人は。


なんて……健気なのだろう。


「のこのこと恋人のところへ来る僕は……」


不謹慎かな、と疲労困憊の表情をして、煌はうつむいてしまった。


「……いいえ」


私は首を振り、脱力し切った氷のように冷たい手を捕まえて、そっと握った。


「いいえ。そうは思わないわ」


「ごめん、華穂」


と煌が手を握り返してくる。


「君に会いたくなったんだ」


一体、この薄着でこの寒空の下をどれくらい歩き続けたのだろう。


ひとりで。


私の手の熱を奪ってしまうほど、煌は冷え切っていた。


「入って」


私が言うと、煌はゆっくりと顔を上げ、遠慮がちに目を伏せた。


「迷惑じゃないかな」


「大丈夫。私もひとりぼっちなの」


「……僕と、同じだね」


煌は安堵した目をして、今度は素直に頷いた。


「おじゃまします」


私は煌を招き入れながら、不謹慎にもほどがある、と自分を叱咤した。


叱咤しながら、嬉しくてたまらなかった。


こんな時だからこそ。


他の誰でもないこの私の元へ来てくれた。


その事実がたまらなくたまらなく嬉しくて。


その心地よさが、私を行動に移させたのかもしれなかった。


私はソファーに投げ捨てた携帯の電源をオフにした。


煌が来たら必ず連絡をするから。


パスカルとの約束を、放棄してしまった。
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