フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「……そうかもしれないわね」


L字型ソファーに、ハルと肩を並べて座る。


「もったいないと言うより、無駄な時間を過ごして来たのよ。私」


呟き、ハルを見つめた。


ハルの横顔は優美だった。


美しいのに、派手ではなく、だけれども上品に美しい。


優美で、ゾクゾクするほどミステリアスだ。


「無駄?」


真っ直ぐ前だけを見つめながら、ハルが聞き返して来る。


私はハルの横顔から視線を反らして小さく頷いた。


「そうね。無駄、だったわ」


本当に何もかもが無駄だったように思えて仕方なかった。


この部屋の毎月の家賃は十万と少し。


お給料の半分は、この部屋のために消える。


それでもこの部屋に住み続けているのは、街の夜景を一望できるからだ。


だから勉強を頑張って、それなりに良い短大を出たし、親元を離れて自立した。


それなのに、夜景を眺めたのはこの五年間で、片手で足りるくらいかもしれなかった。


何のために高い家賃を支払い続けているのかさえ、最近では良く分からない。


もし、今夜、ハルを拾っていなければ私は一生、気づかなかったのだろう。


この部屋から一望できる景色が夜景だけではなかった、という事に。


「ハル」


「うん」


「とても綺麗な星空が、あったのね」


こんなにも近くにあったのね。


この世界に、夜景なんて目にもとまらないほど美しい夜空が。


「なんて無駄な時間を生きて来たのかしら」


それは、慎二との四年間を否定する一言だった。


恋と人間の気持ちは、そんなものだ。


十年だろうと二十年だろうと、一緒に過ごして来た時間がどんなに長くても、終わる時は一瞬だ。


あっけないものだ。


奪われる、とはそういう事だ。


何もかも全てが無駄に思えてくる。


慎二を好きになった事も、慎二の子供を中絶した事実も、何より、慎二と過ごした四年間が。


私は一体、彼の何を見て何を知った気になっていたのだろう。
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