フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「なんだ。視力が悪いのかと思っていたわ」


「何言ってるの。ぼくの視力は両目とも1.5だよ」


左の口角をくいと上げて、ハルは自慢気にソファーにもたれた。


「本当だよ。嘘じゃない。ぼくは嘘をつかないからね」


乾き始めたハルの真っ黒な髪の毛がさらりと音を立てた気がした。


「なら、眼鏡は必要ないじゃない」


それに、眼鏡を外した方が、ハルはいいと思う。


そんなに眉目秀麗な顔立ちをしているのだから、眼鏡はしない方がいいと思った。


眼鏡を外したハルは、すごくいい。


「必要なんだ。例えただの硝子でも、ぼくには必要な物なんだ」


ハルの指が、度の入っていないレンズを愛でるように這う。


「レンズ越しでないと、ぼくは現実を見る事が出来ない愚かな人間だからね」


「……ハル?」


できる事なら、今すぐにでも、ここから逃げたいと思った。


「現実を見るのが怖いんだ。とてもじゃないけど、裸眼では見れない」


「ハル?」


「こんな薄汚れた世界を、直視なんてできない」


ハルの目は、ケダモノのように野蛮だった。


ゾクリとした物が、背中を這う。


なんて残酷な目を、ハルはするのかと思う。


まるで、現実という空間を恨んでいるような毒々しい瞳だ。


ハルは狼男なのかもしれない。


フルムーンの夜にウオーと咆哮とたけ、毛むくじゃらの鋭い牙を剥く、あの魔物。


「今だってそうだよ。こうしている今が夢なのが現なのか、よく分からない」


ハルの手が小刻みに震えている。


「ハル」


「ぼくには自由は許されないんだ」


ハルが醜い魔物に豹変してしまいそな気がして、怖くなった。


私は震えるハルの手をとっさに捕まえていた。


「ハル!」
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