フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「あっ……」


弾かれたように、ハルが顔を上げた。


「大丈夫?」


「ごめん。東子さん」


いいえ、と首を振る私に、ハルは都合悪そうに苦笑いした。


何も聞かないで。


ハルはそう言いたいのだと思った。


そういう顔を、ハルはしていた。


「何も言わなくていいわ。私も、無理に聞きたいと思わないし、ハルにそんな事を望んでないもの」


でも、ハルはたぶん、私の知らない何かを抱え、そして、もがいているのだと思う。


だから、時々、野蛮な目をするんだわ。


「……え、あれ?」


突然、ハルが興味を示したのは、私の左手だった。


「東子さんは、結婚しているの?」


「ああ、これ?」


私はハルの話に夢中になり過ぎて、その存在を忘れかけていた。


バスルームから出た時は、外そうと思っていたのに。


慎二がくれた、婚約指輪。


「結婚する予定だったの」


ハルが訝しげに首を傾げる。


「だった?」


「そうよ。来年の春にね。だけど、今夜、破談になったわ」


てっきり、ハルは破談になった経緯を聞いて来るものだと思っていた。


だから、構えていたのに。


「そう」


でも、それっきりで、ハルは深く追求して来る事はしなかった。


「私が捨てた訳ではないの。私には、捨てる勇気はないもの」


私は左手の薬指から婚約指輪を外して、テーブルの上にコトリと置いた。


「捨てられたのよ、私が。今日、婚約者に私が捨てられたの」


ふう、と息を吐き出して、ソファーに体を沈める。
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