フィレンツェの恋人~L'amore vero~
ハルが一歩、前に出る。


「ぼくはね、ハル。昨日、東子さんに拾ってもらったんだ」


に、とハルが笑う。


「拾って? どういう事?」


慎二が探究心にあふれた目で、ハルを見る。


まるで、品定めでもするかのように。


「本当に慎二には関係ない事よ。じゃあ、私たち急いでるから」


行きましょう、とハルの腕を引っ張りエスカレーターへ向かった時、慎二が言った。


「東子、待って。話したい事がある。時間を作ってくれないか」


今更、何を話すというのだろう。


話したところで、どうにかなる事ではないのに。


美月のお腹には慎二の血を受け継いだ新たな命があるというのに。


「だってさ、東子さん」


どうするの? 、とでも聞きた気にハルが肘で突いて来る。


私はエスカレーターに乗り、振り向いた。


「話す事なんて何もないわ。もう、何もないじゃない。時間を作る事は無理だわ」


茫然と立ち尽くす慎二が、とてもちっぽけな人間に見えた。


「さようなら、慎二」


そんな慎二は、見たくなかった。


だから、私は、彼にそっと背中を向けた。


「良かったの? 話、しなくても」


「いいのよ、もう。話しをしたところで、何も変わらないもの。時間を無駄にするだけだわ」


「そう。東子さんがそれでいいなら、何も言わないよ」


だって、そうじゃない。


私と慎二がいくら話し合ったところで、結果は同じだと思うもの。











地下食品売り場は、ごちそうの食材やケーキなどを買い求める人でごった返していた。


野菜コーナーでトマトを選んでいると、向こうから大きな声が飛んできた。


「東子さん! 東子さん、東子さん!」


ぎょっとして見ると、目をギラつかせるハルだった。
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