フィレンツェの恋人~L'amore vero~
買い物客の視線が、ハル一点に集まっている。


「とーうーこーさーん!」


それなのに、ハルはまったく気にする様子はなく、豪快に手を振って来る。


「やだ……」


恥ずかしい、とかそういう問題ではない。


他人のふりをしようとしたけれど、


「無視しないで! 泣くよ、今ここで! いいの? 東子さん!」


そこまで言われるともう無視をするわけにもいかなかった。


「もう、ハル!」


私はトマトを手にしたまま小走りでハルに向かった。


「東子さん!」


やっぱり、よく分からない。


ハルは大人なのか、まだまだ子供なのか。


「大きな声で呼ばないで。恥ずかしいじゃない」


周りの目をしきりに気にしながら言うと、


「それどころじゃないんだ! ぼく、驚いたよ」


とハルは意気揚々と目を輝かせた。


「ほら、見て!」


ハルが手にしていたのは、真っ赤な光沢のある形のいいパプリカだった。


「凄いよ、これは!」


まるで財宝を発見した海賊員のように、ハルは白い歯をこぼれさせた。


「真っ赤なピーマンだ!」


「はっ……」


がくっ、とこけてしまいそうになる。


「見て、東子さん! 黄色も、オレンジ色もある! なんだ、このピーマン!」


このピーマンは着色料でも使っているのか、とハルは目を輝かせながら聞いて来た。


周りの人たちが、可笑しそうにハルを見て笑っている。


「こんなにカラフルだと、体に悪そうだね!」


うわあ、なんて声を漏らしながら、ハルは次々にパプリカを取っては置き、取っては置き、じろじろと見つめる。
< 83 / 415 >

この作品をシェア

pagetop