トルコの蕾
太一は行きつけの居酒屋のカウンターで、芋焼酎をロックでちびちびやりながら、テレビ画面に流れるサッカーの試合をどちらのチームの応援をするでもなく、ただぼーっと眺めていた。
もともと酒は得意ではないが、最近は真希のことを考えるととにかく飲まずにはいられない。
この居酒屋をスポーツバーだと自負しているらしい店長に、太一は言った。
「なあマスター、やっぱりもう真希のことは諦めたほうがいいのかな」
「振られたんだろ?じゃあ諦めるしかないんじゃないか」
店長はもう何度言ったか解らないその台詞を、太一に向かって吐き出した。
「やっぱりそうなっちゃうよなあ…」
太一もまた、もう何度目になるかわからないその台詞を、はあというため息とともに吐き出した。
「ねえお客さん、どう思います?」
店長は太一の斜め向かいのカウンターで、録画のサッカーを真剣な表情で見つめている強面の客に話を振った。
「彼ね、男がいる子にプロポーズして、振られたんですよ。でも忘れられないらしくてねぇ…」
店長は困り果てたように言った。
太一は店長の話にかぶせるように男性客に向かってろれつの回らない口調で言った。
「そうなんっす!どうしても好きで、もうなんていうか、小学校からなんですよ…だからもうなんつーか、諦めるとか忘れるとか、考えらんないっす!」
言い終えると、太一はカウンターをドン、と叩いた。
「おい、店を壊すなよ、もう。すみませんねぇ、お客さん。彼うるさいでしょう」
店長が強面の男性客に向かって頭を下げる。
すると男性客はいきなり立ち上がり、太一の隣へ移動して来てこう言った。
「本気で欲しいなら、全力で奪え」
太一は思わずびくっと背筋を伸ばした。