トルコの蕾



絵美は呆然とした。



正樹にそんな時代があったなんて。

勢いで恋に落ちるなんて、今の彼からは想像もつかない。




誰にでも若い頃というのがある。それは当たり前のことだけれど、彼に自分の知らないそんな時代があるということが、絵美は悲しくて寂しくてたまらなかった。



「だけどね、そんな勢いで付き合ってしまった若い俺と彼女がなかなかうまくいくはずもなくて」



正樹は大きくため息をつくと、コーヒーをすすった。



「俺のバイト代だけで彼女を養っていける訳もなかったし、夜の仕事をしていた彼女の金銭感覚にもついていけなかった。しばらくすると、彼女はこっそり、また夜の仕事を始めたんだ。それを知って、俺は彼女から離れた。大学を卒業する半年くらい前だった」




絵美は正樹と彼女の気持ちを思うと、切なくてどうしようもない気持ちになった。



彼女は正樹のことがずっと本気で好きだったに違いない。それなのに。



「俺はとにかく、未熟で若かった。彼女を養ってやれるくらいの力がついたら、あいつを迎えに行こうと思ってた。卒業して、大阪を離れるときも、もう別れていた彼女には連絡しなかったんだ」



そう言って、正樹は絵美を見つめた。




「そして、この街に戻って来て何年か経って、俺は絵美ちゃんに出会った」




絵美はどうすれば良いのか自分でもわからなかった。若いときの正樹を知らない自分は、本当の正樹を知らないような気がした。


正樹にとって彼女は、忘れられない思い出なのだ。大切な人なのだ。




「俺はね、絵美ちゃん」



何も言えないでいる絵美に向かって、正樹は言った。



「俺は、君が好きだ。たぶん世界中のどこを探しても、絵美ちゃんより好きな人は現れない」



「君と出会う前の俺だったら、今日彼女と会って、ひょっとしたらまた恋に落ちていたかもしれない。もう彼女を養ってやれる力もついたしね。だけどね、絵美ちゃん、俺は変わったんだ」



正樹はそう言うと、羽織っていたダウンベストのポケットのなかから小さな箱を取り出した。



「これは、俺が変わった証拠だよ」



絵美が箱を受け取ると、「開けてみて」と正樹は言った。



「本当は、誕生日に渡そうと思ってたんだけどな」



絵美が小さな箱を開けると、中には小さな花の形をした、ピンク色のストーンが埋め込まれた、細くて綺麗な指輪が入っていた。

















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