トルコの蕾









「あら雅ちゃん、ひさしぶりねぇ」



店の扉を開くと、狭い店内に他に客の姿はなかった。

ママの今日の衣装は細かなビーズの装飾が施された、細身の赤いワンピース。個性的な顔立ちと赤い口紅の色とが合わさって強烈な印象だ。



「いい色だ」



園山は言った。ママは「あらそう?お気に入りなのよ」と嬉しそうに園山のコートを受け取る。

二十年前のママならさぞかし似合っていたことだろうと思いながら、指定席のワインレッドのソファに腰を下ろした。



「今日は、ナミちゃんは?」



園山が尋ねると、ママはグラスに割った氷を入れながら言った。



「今日は少し遅れるって、いま連絡があったのよ。なんだかね、ちょっと様子がおかしかったわね」


「様子がおかしいって、どんなふうに?」



ママはキープのボトルから焼酎を注ぐ。



「あらやだ雅ちゃん、もしかしてナミちゃんに会いにきたの」



まるでお節介な母親のような表情を浮かべながら、ママは園山にグラスを手渡した。



「店の女の子に会いにきちゃ悪いか」



「雅ちゃんはナミちゃんを気に入ったってことなのね」



ママの拗ねたような表情は、とても還暦を過ぎたおばあちゃんだとは思えない。園山は「まあ、ね」と言ってピーナッツを口に放り込んだ。



「実はね、今日ナミちゃんは例の追いかけてきた彼に会ってるはずだったのよ。だけどあの様子じゃあ、きっとその彼とうまくいかなかったんじゃあないかしら」



ママは園山の隣でシャンディガフを飲んでいる。電話越しの声だけで、よくそんなことが解るなと園山は思った。女の勘は歳とともに鋭さを増すらしい。



「うまくいかなかったって、振られたってことか?」



「たぶん、ね。彼と会えなくなって何年かになるらしいから、そりゃあ彼にだってねえ、新しい女の一人や二人いるでしょうよ。追いかけるならなんでもっと早くに出て来なかったのかしらねえ」


ママは柿ピーをつまみながらぶつぶつとぼやいている。



「…ふうん」



園山はふと、真田真希のことを思い出していた。彼女の不毛な恋はどうなったのだろう。

いい女ほど、叶わぬ恋ばかりするものだな、と園山は思い、口の中のピーナッツを焼酎で流し込んだ。




< 169 / 221 >

この作品をシェア

pagetop