トルコの蕾
「そんなことよりねぇ、雅ちゃん、あなた本当に結婚する気はあるの?」
ママは冷蔵庫からカマンベールチーズを取り出しながら言う。
カウンターの中で手早くそれを何かにさっとくぐらせて、油で揚げる。
園山の好きな酒の肴で、他に客がいないときだけママが特別に作るものだ。
「そりゃ、あるさ。相手がいないってだけで」
質問に答える頃には白いリーフ型の小さな皿に乗せられた、カマンベールチーズのフリッターが園山の前に置かれていた。
「うん、美味い」
園山が言うと、ママは満足げな表情をした。
真っ赤なドレスに白いエプロン。
「とにかくね、女は料理とセックスがうまくなきゃダメよ。ちょっとくらい頭が悪くてもいいの。それくらいのほうがうまくいくんだから」
隣に腰掛けながらママは言った。確かにそうだと園山は思った。妻が官能的でかつ家庭的なら、きっとその夫婦は円満だろう。
「あら、ナミちゃん!」
ママが驚いて顔を上げる。
音も立てず、店の裏口から入ってきたらしいナミちゃんは、前に会ったときとはどこか雰囲気が違う。
「雅ちゃん、来てはったんですね」
ナミちゃんはそっと微笑んだ。優しげな雰囲気のクリーム色のワンピースを着て、髪は巻かずにすとんと下ろしている。
「ママ、あたし彼に振られちゃった」
やはり女の勘は正しかった。ママは「あら、そう」と言って笑った。
「なら今日はあたしの奢りにするわ。酔い潰れるまで好きなだけ飲みなさい。今日はもう、働かなくていいから」
ママはさらっとそう言って立ち上がる。小さな店に似合わないシャンデリア。柔らかな照明に照らされて、普段は見えない目元の皺が映し出される。
「ママ、いいんですか」
ナミちゃんはほっと安心したような顔をした。
「ならあたし、今日は雅ちゃんの隣で飲みたいな」
ナミちゃんは園山を見下ろした。
「雅ちゃん、今日はあたしに付き合ってくれます?」
「ああ、もちろん」
悲しそうな顔をしている女は大抵いつもより綺麗に見える。幼い顔をした女は大人に見えるし、頭の悪そうな女は少し賢そうに見える。
ナミちゃんはいつもより、儚げで色っぽく見えた。
「なら、今日は雅ちゃんの奢りだわね」
ママがニッと笑うと、金色に光る八重歯が見えた。