トルコの蕾
大学の最寄り駅で電車を降りた。
ホームの時計は夜の11時を指している。
大丈夫、まだ今日はバレンタインデーだ。
たくさんのチョコレートのうちのひとつになってしまうだろうけれど、渡さないで後悔するよりずっといい。
改札を出て、大学までの坂を少し登ったところに彼が働く店がある。
緊張で息が詰まりそうだ。
絵美はゆっくりとその緩やかな坂を登った。
駅を出てすぐの学生街にはハンバーガーショップやクレープ屋、小さなカフェや美容室が軒を連ねる。
色々な食べ物の混じり合った懐かしい匂いと、居酒屋の前に集まっているサークルの学生たち。
ベロベロに酔った女の子を男の子が介抱している。
バレンタインデーだからなのかは解らないけれど、恥ずかしそうに手をつなぐ初々しい女の子と男の子。
右手にあらわれた店の看板の前で、絵美はぴたりと足を止めた。
そもそも今日彼が店にいるかどうかも解らない。
それどころか自分は彼の名前すら知らないのだ。
絵美はチョコレートの紙袋を握りしめた。