トルコの蕾
「君、うちの店の近くの大学に通ってただろ」
トマトとクリームが優しいグラデーションを描いたような、白身魚のパスタを器用に口に運びながら正樹は言った。
彼が食べているとどんなものでも美味しそうに見える、と勝手に関心していた絵美は驚いて「えっ?」と顔を上げた。
「どうして知ってるんですか?…あ…あたしが店に通ってたからか…」
絵美は恥ずかしくなって頬を赤らめた。
厨房でフライパンを降る姿、料理を皿に盛り付ける姿、それを見ていたいばっかりに、毎日ランチを食べに通ったのだ。
厨房からは客の顔まで見えないだろうと思っていたから、穴が開くほどじっと彼を見つめることができたのに。
「さすがに毎日顔を見ていれば覚えるよ」
正樹はそう言うと、思い出したようにふっと笑った。
「見えてたんですね…。かなり気持ち悪かったですよね…あたし…」
絵美は穴があったら入りたい気持ちになった。
「いや、そんなことないよ」
正樹はにっこりと笑ってまたパスタを一口ぶん器用に巻き取り口に運ぶ。
「てっきり君も、ユウトのことが好きなんだと思っていたから」
「いえ…、あたしは…」
絵美は言いかけて口をつぐんだ。
「ラッキーだったよ」
正樹は言った。
「バレンタインの日、ひとりで店にいて良かった。まさか滑り込みで君が来てくれるなんて、思ってもいなかったから」
目を細めて優しげに笑う正樹を、絵美はしばらくのあいだ何も言えずに見つめていた。