トルコの蕾




絵美は店に着くなりトイレに駆け込んだ。


鏡を覗くと寒さと緊張で頬が赤くなっているのがよくわかる。白のダウンジャケットを脱いで、シュシュでひとつに結んでいた栗色の髪をほどいた。

柔らかくカールした毛先を手ぐしで整える。

仕事着のまま急いでやってきたものだから、足元はスニーカーだし、黒のパンツにはよく見ると緑色の葉の繊維がパリパリになってくっついていた。店で作業中に膝をついたときに付いたらしい。


絵美ははあと大きなため息をついた。



「なんで着替えてこなかったんだろ…」



こんなことなら少し遅れてでも一度帰って着替えて来るべきだった。

まさかこんな店に来ることになるなんて。


絵美は泣きたい気持ちだった。




「もう飲み物は頼んでおいたよ」


席に戻ると正樹が言った。テーブルの上には小さくてセンスのいい生花のアレンジと、鮮やかな色のナフキンが凝った折り方で載せられている。


「あ…ありがとうございます」


絵美は重量感のある高級そうな椅子に腰掛けながら、何とか言葉を発するのが精一杯だった。


「びっくりさせてごめん」


ようやくお互いがゆっくり向き合う形になると、正樹は絵美をしっかりと見て優しい口調で言った。


「実は初めてなんだ」



「…えっ?」


絵美は目を見開いた。何が初めてだというんだろう。

正樹はふっと恥ずかしそうに笑った。



こんな表情、見たことない。絵美は心臓がドクンと跳ねるのを感じた。



「女の子を誘ったの、初めてなんだ。だから、服のこととか、その、気がつかなくてごめん。仕事の後にいきなり誘ったりして、迷惑だったろ?」



「い…いえ!!迷惑だなんてとんでもない!!そんな…あたしなんかで良かったら!」


絵美は両手をぶんぶんと振って大げさに答えた。






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