トルコの蕾
ガラガラとシャッターを上げる音が、まだ薄暗い駅前の広場に響き渡った。
今日は沿線の大学や高校の卒業式があり、店には大量の花束の注文が入っている。
真希は始発よりも早くタクシーに乗ってやって来て、寝ぼけ眼で店の鍵を開けた。
今日は絵美にも7時には出勤してもらうことになっている。
「よし、やるか!」
長いエプロンを腰に巻き、伝票をカウンターに並べて貼り付けると、真希は腕捲りをして花束作りに取り掛かった。
一枚目の予約注文は、千円の花束を16個と、三千円の花束を2個。
こんな普段なら考えられないような個数の予約が、あと10件近くある。
卒業式の日は飛び入りの注文も多い上に、客が学生ばかりで単価が安く、一度に注文される花束の個数が多いのが特徴だ。
飛び入りに対応して売り上げを伸ばす為には、開店してから予約分を作り始めたのではとても追いつかない。
真希は手始めに、16個の小さな花束を作るためにボリュームのあるカスミ草を枝分けして個数に割り当てた。
安くボリュームを出すには葉物選びも重要だ。
小さな花束には使い勝手の良い、グリーンのドラセナを16本。あとはメインとなる花と脇役の花を予算内で決めるだけだ。
真希はぐるりと店内を見回した。メインはガーベラ、添える花はアルストロメリアとチューリップ。 シンプルかつ、安くて可愛らしい花材たち。
卒業式用の花束は、それぞれにあまり花材を変えないほうが良い。
同じ場所で一度に渡すものだから、差が付いてしまっては渡す側が迷ってしまう。
真希は手早く、嵐のような勢いで同じ花束をいくつも作る。
静かな店内に、ハサミの音と葉が床に落ちる音だけが響いている。
眠気と軽い二日酔いでぼんやりしていた頭が、ハサミを動かす度に少しずつ目覚めていくのがわかる。
命を切り取られた花たちの、まだ瑞々しい茎をシャキ、シャキと切ることで、その命のパワーを貰って真希は生きている。
だから辛いことがあっても翌日にはもう、また新しい切り口から水と命を吸い取って何とか生き延びることができる。
お互い様だ、と真希は思う。自分が水の中で茎を切ってやらなければ、花は死んでしまうのだ。